2004/04/20(火) 01:59
拾う神に拾われなかった者の末路は
ぎりぎり寸前で受かって助かった、
ここが受からなかったらどうなっていたかわからない、
受かるとは思わなかったけど、受からなかったら危なかった、
もうだめだと思って半分あきらめてたよ
「うん、本当に受かって良かったー。」
こういうセリフを言える人間と言えない人間の差はどこから来るのだろう?
最後の砦ともいえる外郭団体試験。
組織の性格や仕事の内容など二の次だった。
いかに安定したホワイトカラーに就けるかが焦点だった。
試験後1週間ほどして職場の上の人から人を介して父親に試験の中間集計等の
結果みたいなものがきた。
「筆記は合格基準点に達し、論文も破綻が無い」という知らせ。
安堵し、でもここで変なコネ等の力の作用が無いように父親には言っておいた。
点数等試験の結果を先取りして聞いている時点で公平性も無いのだが、
露骨な点数操作だけは止めてくれと言っておいた。
別に自分が潔癖というわけではなかったし、公務員試験を受けているときには
その年度の問題がどうにかして手に入らないかなとは常々思ってはいたぐらいだった。
だが、明らかに実力の伴わない試験の結果で職場に入れてもうれしくないのも事実だった。
しかし雲行きは怪しくなった、
試験採点を行う人間の一部から論文に関する注意点?等
設定した題材にそぐわない記述箇所が多いとかいうクレームが出てしまい、
論文を再考した結果、基準に達しないとの結論に達したという話だった。
その日のことは今でも覚えている。
暗い自室で目を閉じているのか開いているのか分からない感覚。
どちらにせよ体の上にずっしりとした重さを感じて動けなかったこと
1次試験がダメだったという内々の話を聞き、それでも信じられず
結果通知を待っていたらやはり不合格のものしか来なかった日だ。
大学に落ちた、正確には望みをかけていた大学からの合格通知が無く
滑り止めとしか思っていなかった大学しか選択肢が無かったことを自覚した日、
あのときの自分とちょうど同じだった。
低い声をだして唸り、黙り、また唸り、いつの間にか真夜中になっていた
食欲も失せ、何をやる気にもならなかった。
待っているのはもう屈辱しか残っていない哀れな人生、、、。
全ての活力を奪われて、人生の基礎を築く時間さえも失い、
自分には何も無かった
孤独と絶望をはじめて心で感じた日でもあった。
不安では無いリアルな負の感情だった。
震えも止まらなかった。
心が折れて壊れそうになった。
生きていることさえも苦痛だということを実感した。
しかし現実は現実だった。
時間は逆行しないし、神様もドラえもんも現れない。
天変地異だって起きないし、自分もやっぱり生きていた。
そして月曜が来て同じように仕事に出かけた。