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2004/04/15(木) 00:18
2年目のその後 3年目の開始

ある日の夕方、バス亭までの帰り道
鼻をくすぐる美味しいそうな匂いがしていた。
途端に5歳の頃の自分を思い出す。
公園で夢中になって遊んだ後、母親が迎えにやってきて
もうすぐ夕ご飯だと悟ってわくわくして帰ったたそがれの風景。

今は幸せでは無いけれど、それでも過去の記憶で幸福だった頃があるということが
多分幸せなんだろうなと思った。

2001年夏
地元市や地元町などを控えてはいたものの、もう無理だと思い、
遅まきながら就職活動をし始めた。
法律事務所、会計事務所、〜士業をやっているところに狙いを定めた。
半分は公務員試験再受験のため、もう半分は資格試験に進んでもいいかなという
考えからだった。
問い合わせをすると事務員系は女性を希望しているところも多く、
なんとか3箇所ほど面接を受ける。
その事務所の仕事内容に近い職種の公務員試験を受けていたことを理由にして
いくつか面接を受けたけれど、「公務員」という言葉には大なり小なりの不快感を
表しているところが多かった。
最後に受けた会計事務所の所長さんにはこちらのやる気のなさを見透かされて
というか本気でその道を目指す者やその世界に対して失礼だということまで言われた。
正論で真実であり、反論のしようが無かった。
その場で交通費を渡されたのだが、正直返したいくらいだった。
着慣れないスーツからネクタイを取って下を向いて歩く。
夕方の商店街は皆楽しそうな顔をしていた。
帰りの電車の中で泣いた。

秋口になって最後の試験も終わり、途方に暮れていたときにある外郭団体の試験を知った。
そこで特殊法人系の試験の存在を知って受けられるものを受け始めた。
2つ受けて1つ1次試験に受かった。
試験自体は簡単なもので面接には気合を入れて行った。
事務職採用試験だったのだが、内部の現業職の人も受けていたことを後から知った。
面接では人の役に立つ仕事をしたいという本心を包みかくさず言ったものの、
自治体から出向してきている役員達にここは公務員じゃないよという冷たい言葉を
散々言われて面接は終了した。
公務員試験に落ちたからここを受けましたということがアリアリと顔や言葉に出ていて
それを上手い具合に話す術を持っていなかったことが何よりの敗因だった。

そうこうしているうちにもう一度公務員試験をやることに決めた。
親はとくに反対はしなかったけれど、それでもことあるごとには子供が働いていないことを
批難はされた。まあそれは当然のことでもあるが。
近所のコンビニでアルバイトをしようと思って申し込みをしたけれど、
落とされた。週2〜3の短時間を申し出た為だと思うが、複雑だった。

通信制の教材一式を申し込み、かなりの覚悟を持って勉強を始めた。
時折涙が止まらなくなってしまって、さめざめと人のいない日中に泣いた。
よく思ったことは病気になって余命がない状態になること。
人生をやり直したいという気力さえもう無かった。
ビデオと問題集でとにかく勉強。
でも本当に勉強をしていたのかどうかは今ではよく分からない。

そんな頃の日曜日、祖母と一緒に近所のスーパーへ買出しに行った。
そこで祖母が誰かにしゃべりかけられてしばらく話をしていた。
自分は誰かわからなかったのだが、後で聞くとどうも自分の昔の同級生の母親だった。
その男の子は小さい頃はよくいじめにあっていて、中学でもパッとしない子だった。
勉強もあまりできず、どこかの工業高校だかに進んだぐらいしか覚えていなかった。
そのときの話では高校卒業後配達の仕事に就き、早くに結婚し親元を出て子供もいるそうだという。
モテるとかいうイメージも無かったし、人間的に見てもあまり魅力的ではなく、
色々な面で自分の方が上だと驕っていたのが、いつの間にやら逆転していたように思えた。
自宅に帰ってからあまりのショックでしばらく放心状態だった。
以前にはそれなりの経験もしてきたけれど、何かひどく打ちのめされていた。
すごく今の自分を恥だと感じた。
その子の人生の方が何十倍も順調なものにみえた。
主観も客観もどちら側からも負けていた。

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