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2004/04/12(月) 01:43
不安なドキドキ感

物心付く頃から、そう4〜5歳ぐらいの時から
ドキドキすることが多かった。
漫画の主人公が強い敵と会えて戦えることにワクワクするドキドキではなく、
怯えを表すドキドキである。
何に対してかと言えば
「杞憂」ともいえるぐらいの将来への不安。
職業や生活云々の具体的イメージは頭の中に無かったけれど、
漠然とした何かに対する恐怖。
そういったものを土曜日の昼過ぎに自家用車の中で考えていたことが最古の記憶だ。
それから年齢を重ねるごとに得体の知れない不安感をまとったドキドキ感はことあるごとに
染み出してきていた。
頭の構造、精神状態が悪いと言えばそれまでだけれど、
世間一般から見れば生活に支障の無い「健常者」と見られる自分は
実はかなり重度の不健康な人間なのかもしれない。

けれどもしかしたら、勉強のできる人間になろうが、試験に受かろうが、
今のこうしたひどく劣っていると自分自身が認識しているこの現状を
予知能力的なもので見えていたとすれば、昔の自分が感じていたドキドキ感は
至極当然の反応かもしれない。

「日曜日」
日曜日の夜に見る最後のテレビ番組が終わってしまい、
明日からまた学校なんだなと思うとひどく憂鬱で仕方なかった。
これは小学生から高校生までずっと続いていたことだった。
浪人、大学生時代はあまりそういう記憶が無くて、すっかり忘れていたのだけれど、
社会人になってまた同じ思いをしている自分に最近気づいた。
前の会社の時は休みの日でも「決まった時間に会社に行かない」というだけで、
休日が文字通りの休日ではなかったからかもしれない。
今は朝早く起きて出かけなくていけないことや
職場に行ってもやれる仕事が全くないので、居心地が悪い場所で向かうという
高校生の頃にずいぶん環境が似ているからだろう。

「最近のこと」
小、中、高、大、社と所属する組織や団体、環境が変われど
相容れない人間や物事などは存在するというのはだいぶ前に悟ったのだが、
新環境になってそういったものに出会うとやっぱり居るんだなと再認識して感心する自分が居る。
自分がダメなタイプ、というよりかはなにかしらの条件で近寄りたくないレベルが決まるのだけれど、
危害や暴力、尊大な態度やこちらを軽視する人間はあまり関わりを持ちたくない。
次いで話が合わない、生理的に受け付けづらい人等。
関わりの度合いが低かったり、事務的なやりとりだけならいいのだけど、
それから一歩踏み込んだものになるとちょっとつらいものがある。
新しい生活が始まって周りの人間の性格等々手探り状態だけれど、
色々なレベルで神経を逆撫でされることもあって、中でもむかつく人間を発見してしまった。
けれど、人間関係は時ともに移り変わることも経験上知っているので、
最初はあまり良い印象では無くても後になって改善することもあるので、
もう少し様子を見てみようと思う。
だが、悲しいことに最初から結局最後までダメな例もまた多いので、
多大な期待は禁物なことも胆に銘じて置かなければならない。

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