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2004/03/25(木) 03:18
幸せの定義と回想 大3 99秋〜00春

幸せの定義って何だろう?
途上国や紛争国の子供と自分とでは求めるものが違うだろう、
そうして考えれば日本に生まれていくつものチャンスを選択できるだけでも
恵まれてると思う。
けれど、やっぱり周りと比較してしまったり、自分よりも上に居る人間に
憧れてしまうのもまた仕方の無いことではないかと思う。
とはいうものの中庸な幸せの方を大成功よりも求めた自分なので
その願いが叶う方がより自然で必然だと考えていた。
「恵まれて幸せなのだ、しかし悲しい」

98年の秋に実務教育出版のテキストを手に入れるも
ほとんど有効活用はできないまま、次第に楽な日常へと流されていき
99年大学3年の9月から公務員試験の勉強をすればいいやと思い、そして
遊び呆けた。
結局大1〜大3の秋までの2年半で今どきの若者の青春みたいなものを
幾分かは楽しんで、自己満足を得ていた。
だから後は試験に合格し、社会的、自己的にも評価される肩書きがあれば
この上のない満足と安心を得られると信じていた。
この頃、公務員試験は半年の期間で合格できるとされていたので、
少ないながらも勉強をした記憶と元々の学力は悪くないとタカをくくっていた
ことから9月開始を決めたのだった。
そして夏休み明けの9月、都内LECに通うことになった。
ほぼ全てがビデオ講義、やはりその試験向けに特化してる講義だったので
絶対に自分は受かるんだと思い、集中して勉強をしていた。
そしてこれが「していたつもり。」にすぐさま変貌してしまう。

知識を得ることは嫌いではなかったし、色々な話を聞くことは好きだった。
しかし、それを確実に覚えて咀嚼し、使いこなすところまでいかなくていけないと
言われると話は別だった。
大量の講義情報に頭はパニックになり、受けただけで手付かずのままになる
各項目。そして決定的だったのが、勉強して覚えて理解できて答えられても
それを覚え続けることができないという頭。
反復学習でそれらを全てねじふせられるさと強気でいたものの、
全ての講義を受けただけで終わってしまった。
それでも愚か者は愚か者の行いをしてしまう。

「公務員」というキーワードで思い出す人々
親が公務員の某大学生F君(20歳)

大学1年時にあるきっかけで友達になったF君。
彼とは今や疎遠になってしまって消息は不明なのだが、
彼もまた自分と同じように浪人し、志望校には合格できないまま
自分とは別の某大学に入学したクチの人だった。そんな彼とは色々な話をしたのだけれど、
親の職業の話になった途端、正確に言えば公務員についての話になった途端、
ものすごい勢いで公務員否定をし始めたのだった。
けれど、彼の母親も国家公務員で、それなりに実際の姿は見ていたはずだったのに
どうしても認めようとはしないのだった。
ある日彼の家に昼から深夜まで居たことがあって彼の母親はかなり遅くに帰宅してきた。
いつもこんなに遅いの?と聞いた頷いていたので、自分の親も遅いことが多いよと言っても
それでもほぼ全ての公務員は楽でたるいと断言していた。
そんな反応を示していた人だったので、自分が公務員試験を目指す云々の話は出せずじまいのまま
そのうちに自然と疎遠になっていったのだった。

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